鏡に映る自分を見つめながら、男性として老いていく姿に絶望して動けなくなっていた時期が、私にはありました。 でも今、私は当時の自分には想像もできなかったような、とても穏やかで、満たされた気持ちで毎日を過ごしています。
「女性として生きるなんて、もうこの年齢からは遅すぎるんじゃないか」 「何十年も男性としての役割を背負ってきたんだから、今さら本当の自分になれるはずがない……」
以前の私のように、出口のない暗闇のなかでもがいているあなたへ。私の経験をお話しさせてください。 大丈夫、ちゃんと心から笑える日が、あなたにも必ず来ます。
幼い頃からの「惹かれる理由」を探して
私の「自分らしさ」への旅は、まだ母の手を引いて歩いていた子供の頃から始まっていました。 デパートの洋服売り場。母が選んでくれる男の子の服よりも、隣のブースに並ぶ鮮やかな色や可愛いデザインの女の子の服が、なぜか気になって仕方がなかったのです。
その理由は、当時はまだ言葉にできませんでした。 でも、10代になり、テレビの中の女性タレントやアイドルに惹かれる自分に気づいたとき、その感覚はより鮮明になりました。 それは「恋」というより、「私もあんな風になりたい。あんな素敵な存在でありたい」という真っ直ぐな憧れ。
「どうしてこんなに気になるんだろう?」という疑問はありましたが、それを否定する気持ちは全くなく、むしろその「好き」という感覚を大切に温めてきました。
「行動」が教えてくれた、本当の答え
20代になり、私は自分の興味に正直に動くようになりました。 書店でレディースのファッション雑誌を手に取るのは、私にとって新しい世界を知るためのワクワクする時間。誌面を飾る美しいスタイルに触れるたび、胸が高鳴るのを感じていました。
そして一人暮らしを始めた頃、通販で手に入れたレディースの下着やルームウェア。
それらを身に着けた瞬間、自分でも驚くほど「しっくり」きたのです。
ずっと抱えていた正体不明の違和感が、その瞬間に消え去り、今までの人生の点と点が一つに繋がったような感覚。 「ああ、そうか。私はこういう私でありたかったんだ」 パズルの最後のピースがハマったような納得感と、好きなことができているという純粋な喜びに、心が満たされていきました。
私を彩る喜び、自分を表現する楽しさ
確信を得てからの歩みは、とても楽しいものでした。 まずは自分にだけわかる変化から楽しみ始め、レディースのアイテムを日常に取り入れていく。 それが自分にとってあまりに自然で心地よかったので、身に纏うものすべてがレディースへと変わっていくのに、迷いはありませんでした。
最近では、メイクも楽しんでいます。 鏡の中の自分が少しずつ華やかになっていくのを見るのは、純粋にワクワクする時間です。 「今日はどの色のリップを塗ろうかな」「このネイル、綺麗だな」と、自分を彩る楽しさを知ったことで、毎日の景色がぱあっと明るくなった気がしています。
心が震えた、ミニスカートとの出会い
そんな私の背中を決定的に押してくれたのは、ショッピングモールへ洋服を買いに行った時のことでした。
その日もいつものように、「これなら無難かな」と一着のデニムを手に取って買い物かごに入れました。でも、ふと顔を上げたその時です。近くにいた他のお客さんの、軽やかなミニスカート姿が目に飛び込んできました。
その瞬間、今までに味わったことのないような衝撃が走り、心が激しく揺さぶられました。 「ああ、私もあんな風に、スカートを履きたい!」 これほどまでに抑えられない衝動を感じたのは、人生で初めてのことでした。
私は買い物かごに入れていたデニムを、迷わず元の棚へと戻しました。 もう、自分を誤魔化すような選択はしたくなかった。そのまま吸い寄せられるようにスカートのコーナーへ向かい、一着のミニスカートをかごに入れました。
レジに向かうときの、あの晴れやかな高揚感。本当に欲しかったものを手に入れる喜びを、ただ素直に噛み締めていました。
解放された心と、世界の無関心
初めてそのスカートを履いて外に出た休日のこと。 誰かにどう見られるかという緊張よりも、「ようやく外に出られた」という高揚感で心臓がバクバクしていました。
でもそこで、大きな発見をしました。 「あ、みんな、意外と私のことなんて見ていないんだな」と。
世界は思っていたよりもずっと自由でした。他人の目という呪縛は、実は自分が作り上げていたものだったのかもしれません。 それに気づいた瞬間、それまで私を縛り付けていた重い鎖が、音を立てて外れたような解放感を覚えました。
歩き疲れて、ベンチに座って飲んだ自販機の缶コーヒー。 あの時、胸の奥からあふれ出した晴れやかな気持ちと、コーヒーの安堵感は、一生忘れられない宝物です。
「私らしくある」ための一喜一憂
もちろん、新しい自分を作る過程では、試行錯誤もありました。 出かける前は、1時間以上も着替えを繰り返しては、鏡に映る自分に納得がいかず、打ちひしがれる日もありました。
でも、試行錯誤の末に**「これだ!」と思える最高のコーディネートが決まった時の喜びは、何にも代えがたいものです。** 鏡の中の自分が「いい感じ」に見えた瞬間、世界中の誰よりも自分が主役になれたような気がして、思わず笑みがこぼれてしまいます。
あの不器用な試行錯誤さえも、今の私に繋がるための、とても大切なプロセスだったのだと感じています。
「好きな服を好きなように着る」という魔法
少しずつ時間をかけて、今の私はもっと自由になれました。 髪は縛れるくらいまで伸びて、大好きなライトブラウンに染めています。 今の私は、年齢を理由に自分を抑えるのは、もう卒業しました。
「この年齢で、こんな格好をしてもいいのかな?」なんて気にしても意味がありません。 年齢なんてただの数字です。そんなものに縛られて、自分の「好き」を諦めるなんてもったいない。
自分が自分を「今日の私、いい感じ」と思える。 その自信を持って胸を張っていることが、何よりも自分を輝かせてくれるのだと、今の私は知っています。
そして今、私は女性ホルモン注射を始めました。 これは何か別のものに「変身」するためではなく、これからの人生を、悔いなく私として過ごしていくための自分への誓いです。 私の身体の中には今、未来へ向かっていくための新しい変化が、ゆっくりと始まっています。
同じ道を歩む「あなた」へ
最後に、もし私と同じように「自分なんて……」と迷っているトランスジェンダー女性の方がいたら、これだけは伝えさせてください。
これまで男性としての役割を必死に果たし、一生懸命に生きてきたあなただからこそ、自分を解放した時の輝きは人一倍大きいはずです。 過去の自分も、今の悩みも、全部あなたが頑張って生き抜いてきた証。 そのすべてを抱えたまま、もっともっと自分を慈しみ、自由に生きていいんです。
人生の後半戦は、誰のためでもなく、自分のために。 幸せを感じるのに、年齢も、スタートラインの遅さも関係ありません。
ゆっくり、自分のペースで大丈夫。 これからの時間を、一緒に自信を持って、めいっぱい楽しんでいきましょう。